NASAは今週開催された「Ignition」イベントにおいて、月面に恒久的な有人拠点を建設する詳細計画を初めて公式に提示した。同時に、これまでアルテミス計画の中核インフラとされてきた月周回有人拠点「Gateway」の役割を大幅に見直す方針を明らかにしている。
月面基地構想の全容
出典: NASA, Kitmacher, Ciccora artists / Public domain via Wikimedia Commons
NASAが示した月面基地計画は、月の南極付近に段階的に建設する恒久拠点を中心に据えたものだ。南極地域は、永久影クレーター内に水氷が存在する可能性が高く、将来の推進剤製造や生命維持に不可欠な資源供給源として注目されてきた。
計画では、まず着陸用インフラと小型の与圧ハビタット(居住モジュール)を設置し、その後、電力供給システムや移動用の与圧ローバーを順次配備する。NASAはこの基地を「ムーンベース」と呼称し、最終的には4名の宇宙飛行士が最大60日間滞在できる規模を目指すとしている。
電力供給には、核分裂表面電力システム(Fission Surface Power System)の採用が想定されている。NASAは2022年からこの小型原子炉技術の開発を進めており、約40キロワットの電力を安定供給できるシステムを2030年代前半に月面で実証する計画だ。太陽光発電だけでは月の南極における長期の「月の夜」(約14日間続く暗闇期間)に対応できないため、核分裂炉は基地運用の生命線となる。
Gatewayの役割はどう変わるのか
出典: NASA / Public domain via Wikimedia Commons
今回の発表で最も注目されるのは、月周回拠点Gatewayに対するNASAの姿勢の転換だ。Gatewayは当初、月面へのアクセス中継点として不可欠な存在と位置づけられていた。宇宙飛行士はまずGatewayにドッキングし、そこから月着陸船に乗り換えて月面へ向かうというのが基本的な運用構想だった。
しかしNASAは今回、月面基地の建設と運用を最優先事項に格上げし、Gatewayについては「月面活動を補完するオプションの一つ」と再定義した。これは事実上の優先順位の入れ替えだ。具体的には、Gatewayの最初のモジュールである電力・推進要素「PPE」と居住モジュール「HALO」の打ち上げスケジュールは維持するものの、その後の拡張フェーズについては月面基地の進捗に合わせて柔軟に判断するとしている。
この方針転換の背景には、コストと効果のバランスに関する再評価がある。Gatewayの建設・維持には数十億ドル規模の予算が必要であり、限られた資金を月面インフラに集中させた方が、NASAが掲げる「持続可能な月面プレゼンス」の実現に近づくという判断が働いたとみられる。
アルテミス計画のタイムラインへの影響
アルテミス計画全体のスケジュールにも影響は避けられない。現時点で、有人月周回飛行ミッション「アルテミス2」は2026年4月1日の打ち上げが予定されており、すでにクルーがフロリダ州ケネディ宇宙センターに到着している。有人月面着陸を目指す「アルテミス3」は2027年以降に計画されているが、今回の月面基地構想により、アルテミス3以降のミッション内容が具体的に再設計される可能性がある。
特に、アルテミス4以降ではGateway経由の月面アクセスが前提とされてきたが、今回の方針転換により、SpaceXのStarship HLS(人間着陸システム)やBlue OriginのBlue Moon着陸船を使った直接着陸シナリオが優先的に検討されることになる。NASAのビル・ネルソン長官に代わり現体制を率いるジャレッド・アイザックマン長官は、「月面に物資と人員を効率的に届ける手段を最大化する」と述べ、民間パートナーとの連携強化を改めて強調した。
今回の発表が意味すること
今回の方針転換は、NASAの月探査戦略が「訪問型」から「定住型」へ明確にシフトしたことを示している。Gatewayは国際パートナーとの協力の象徴的な存在でもあり、ESA(欧州宇宙機関)やJAXA(宇宙航空研究開発機構)が居住モジュールや補給機の提供を担う予定だった。これら国際パートナーとの調整が今後どう進むかは、計画全体の成否を左右する重要な要素となる。
NASAは2026年後半にも、月面基地建設に関する産業界への正式な提案依頼書(RFP)を発出する予定だとしている。ハビタットモジュール、電力システム、資源採掘装置など、複数の分野で民間企業の参入が見込まれており、月面経済の形成に向けた具体的な一歩が踏み出されることになる。
