5億ドルの宇宙望遠鏡を救う「Link」宇宙機が試験をクリア
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NASAの多波長天文衛星Swift(スウィフト)の軌道高度を引き上げるために開発された小型宇宙機が、打ち上げ前の環境試験を完了した。開発を手がけるのは米コロラド州の新興企業Katalyst Space Technologies(カタリスト・スペース・テクノロジーズ)で、同社の宇宙機「Link(リンク)」は2026年6月にも、ノースロップ・グラマンの空中発射型ロケットPegasus XL(ペガサスXL)に搭載されて軌道へ向かう。NASAは2025年9月、このミッションに対して3,000万ドル(約45億円)の契約をKatalyst社に交付していた。
Swiftは2004年に打ち上げられた約5億ドル規模の天文衛星で、ガンマ線バースト(遠方の宇宙で発生する爆発的な高エネルギー現象)の即時観測を主任務としてきた。打ち上げから20年以上が経過し、大気抵抗によって軌道高度が徐々に低下。このまま放置すれば数年以内に大気圏へ再突入し、科学運用が不可能になる。望遠鏡自体の観測機器はなお健全に動作しており、軌道さえ引き上げれば運用を大幅に延長できるため、NASAは「リブースト(軌道再上昇)」という異例の救出策を選択した。
軌道低下が迫るSwift望遠鏡の現状
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Swiftは地球低軌道(LEO)の高度約500km台で運用を開始したが、太陽活動周期の影響で地球大気の上層が膨張し、衛星が受ける空気抵抗が増大した。とくに2024年から2025年にかけての太陽活動極大期は大気膨張を加速させ、Swiftの軌道降下率は想定を上回るペースで進行している。
Swiftは推進システムを搭載していないため、衛星自身で軌道を上げることができない。NASAはこの問題に対処するため、外部の宇宙機がSwiftにランデブー・ドッキングして推力を提供する「サービシング・ミッション」の手法を採用した。もともとこうした軌道上サービスは大型の有人ミッションや高額な専用衛星でしか実現されてこなかったが、今回は小型商業宇宙機による初の天文衛星リブースト事例となる点が注目される。
Katalyst社と「Link」宇宙機の技術的特徴
Katalyst Space Technologiesは2020年に設立された比較的若い企業で、軌道上での衛星サービシング(点検・修理・軌道変更など)を専門とする。同社のLink宇宙機は、非協力ターゲット(ドッキング用の専用アダプターを持たない衛星)への接近・把持を想定して設計されている。Swiftは2004年の設計であり、後付けのドッキング機構は存在しない。そのためLinkは高精度の相対航法センサーとロボティクス機構を用いて、Swiftの衛星バス構造に直接取り付く方式をとる。
打ち上げに使用されるPegasus XLは、ノースロップ・グラマンが運用する空中発射型の3段式固体燃料ロケットだ。母機であるL-1011「スターゲイザー」の翼下に吊り下げられ、高度約12,000mで切り離されたのち点火・上昇する。地上発射に比べて第1段の空力損失が小さく、小型衛星を低軌道へ効率的に投入できる。Pegasus XLの打ち上げは近年頻度が減っていたが、今回のミッションでふたたび実運用の場に復帰する形となる。
Link宇宙機が完了した環境試験には、打ち上げ時の振動・衝撃を模擬する振動試験、真空・温度サイクルを再現する熱真空試験、電磁適合性試験などが含まれる。これらはすべて宇宙機が打ち上げと軌道環境に耐えることを実証するためのもので、試験通過は「フライトレディ(打ち上げ準備完了)」を示す重要なマイルストーンである。
3,000万ドルで5億ドルの資産を延命する費用対効果
このミッション最大の意義は、コスト面にある。Swift望遠鏡を新規に開発・打ち上げれば数億ドル規模の費用と10年近い開発期間が必要になるが、Katalyst社への契約額は3,000万ドルにとどまる。衛星の観測機器が健全なまま軌道だけが失われるケースでは、リブーストが圧倒的に経済合理的な選択肢となる。
NASAは近年、軌道上サービシングを戦略的に推進している。2025年に打ち上げが行われたOSAM-1(旧Restore-L)計画など、大型プログラムは遅延とコスト超過に悩まされてきたが、今回のSwiftリブーストは比較的低コスト・短期間で実行可能な「軽量版」の軌道上サービスとして、今後のモデルケースになりうる。
また、この成功例は将来的に他の老朽化した科学衛星の延命にも応用できる。ハッブル宇宙望遠鏡もまた軌道低下が進んでおり、SpaceXとの間でリブースト可能性が検討された経緯がある。Katalyst社のようなスタートアップが低コストで軌道サービスを提供できることが実証されれば、NASAや他の宇宙機関にとって新たな選択肢が広がる。
6月打ち上げへ、残された課題
環境試験の完了により、Link宇宙機は最終的なロケットへの組み込み作業段階へ移行する。打ち上げは2026年6月を目標としており、射場はPegasus XLの運用に使用される米東海岸沿岸域が有力とみられる。
打ち上げ後、Linkは自力でSwiftと同一軌道面へ遷移し、慎重に接近を開始する。非協力ターゲットへの自律ランデブーは技術的難度が高く、万一の衝突はSwiftの完全喪失につながるため、最終接近フェーズでは地上チームによるリアルタイム監視のもと段階的にクリアランスが出される見通しだ。ドッキング完了後、Linkのスラスターを使ってSwiftの軌道を安全な高度まで押し上げ、その後分離する計画となっている。
設立わずか6年のスタートアップが、NASAの現役科学資産に直接触れるミッションを任されること自体が、米国の宇宙産業におけるベンチャー企業の存在感を示している。6月の打ち上げとその後のランデブー運用が、軌道上サービシング市場の信頼性を測る試金石となる。

